選択肢を増やす

自慢じゃないですが私は決断力があります。
例えば、ファミレスに行くとメニューを見てパッと決断することができ
ます。

他の人を見てみると、あれもいい、これもいいと言いながら食べるもの
を決めるのにとても迷っている人が多いなと思います。
パッと決めてしまう私に対して彼らは「決断が早いなぁ」と言ってくれ
ますし、「もう決めたの!」と驚かれることもよくあります。

これは自分の長所であり強みだと思っていました。

つい先日までは...。


と、今日は変則的に書いてみました。
いつも同じ始まり方だと読者の方も飽きると思ったので。(^_^;

私が以前「自分は決断力があるなぁ」と思っていたことは本当です。

そんな私が、最近ふと目にした本に「選択とは、3つ以上の選択肢が用
意されてはじめて成り立つ。」と書いてあるのを見つけて思わず「ハッ」
としました。
私は何かを選択しようとする時、そもそも選択肢を3つ以上用意していな
いことに気付いたからです。

「3つ以上の選択肢を用意する」というのは、自分にとっては非常に面
倒くさい作業だったと思います。
今思うと選択肢を増やすことで自分自身が迷い出すことが分かっていた
からかもしれません。

しかしこの部分を冷静に考えてみると、選択肢を用意するということを
面倒臭がるというのは、自分の可能性を広げられない行動ではないかと
思いますし、自分の目の前に用意されたものの中から「やる・やらない」
を決めているだけだったような気もします。

さらに、選択肢を作らずにいきなり「やる・やらない」の判断だけして
いることは、「反応して生きているだけ」とも言えるかもしれません。

なんだか自分がすごいダメ人間に思えてきました。(>_<)


でも、この「選択する」ために「選択肢を増やす」ということをしない
と、自分で選んでいる「つもり」で、実は外からの影響に対して反応し
ているだけの人生になってしまうのかもしれないと思ったのですね。

これを就活と結びつけて考えてみた場合、例えば合同企業説明会に行っ
てとても感じの良い企業が見つかったとします。

この時に、いきなりその企業の採用試験を受けようとするのではなく、
その気に入った企業と同じような事業内容の他の企業を探してみます。

もちろん「選択」をするためにこの作業を行うので、他に2社は探しま
す。2社以上探せたらそれぞれの企業の特徴を見比べてみます。

これを実際に行ったところで、結局は最初に良いと思った企業を受ける
事にはなるかもしれません。

ただ、このように他の企業を調べて、それらの企業との違いを比べれば、
最低でもその数社間での特徴の違いが分かりますし、自分が志望する企
業の強みもより明らかになるかもしれません。
また、他の企業を探した時に、予想以上に魅力的な他の企業を発見でき
るかもしれません。

合同企業説明会などで良さそうな企業に出会うと、その偶然の出会いを
特別視してしまって急速にその企業の好感度が上がったりします。
そんな状態でその企業だけに応募してしまうのは、やはり「反応してい
るだけ」の行動に過ぎないと思うのですね。

何かがとてもよく見えてしまう時ほど「選択肢を増やす」という行為を
1つ間に入れた方が良いのではないかと思いました。

また、「反応しているだけ」の行為をしてもし失敗した時、場合によっ
ては自分の責任ではなく相手の責任にしてしまうことがあるかもしれま
せん。

失敗をしても自分の責任だと思わないと、いつまでもその失敗を繰り返
してしまうと思うのですね。
失敗を自分の責任として捉えないのは、一時的に心は乱れなくて済むか
もしれませんが、結局自分にとっては何の解決にもなっていないような
気がします。

「選択肢を増やす」というのは、自分で選択をする訳ですから、もし失
敗をしても「自分の責任」としてより明確になるのではないかと思いま
す。

こういったことからも「選択肢をあえて3つ以上に増やす」ということ
と「その中から選択する」という行為はとても意味のある重要なことで
はないかと思いました。